A.ご回答内容
■円通寺(エンツウジ)
良寛和尚が約18年間修行した寺として有名な円通寺は、曹洞宗の名刹で、開基は行基といわれています。
境内には本堂・良寛堂などがあります。
円通寺を中心とした一帯は県指定名勝円通寺公園として、市民の憩いの場になっています。
公園内には多くの詩碑や歌碑があり、文化の香りが漂います。
また、公園の山頂から眺める玉島港、瀬戸内海の風景は絶景で、訪れる観光客は後を絶ちません。
円通寺はお花見スポット、および紅葉スポットとして有名で、春には約500本ものソメイヨシノが咲き乱れる風景を、秋には円通寺境内が、見事な紅葉に包まれる風景を楽しむことができます。
・お問い合わせ
円通寺 086-522-2444
円通寺公園 086-522-8115(玉島支所建設課)
■沙美海水浴場(サミカイスイヨクジョウ)
日本最古といわれる海水浴場で、開設は明治時代初頭にさかのぼります。
1,500m(メートル)の西浜と、900m(メートル)の東浜から構成されています。
1983年(昭和58年)から6年をかけ人工養浜工事が行われ、南国風に整備された沙美海岸は、その美しさから「日本の渚・百選」にも選出されています。
また、ビーチバレー等のイベントも開催されており、冬の景色も美しく、毎年多くの海水浴客でにぎわいます。
・お問い合わせ
玉島支所産業課(086-522-8114)
■旧柚木家住宅 西爽亭(サイソウテイ)
かつては備中松山藩主に仕え庄屋も務めた家。
西爽亭(柚木家)は18世紀末の建築とされ、建築当時のまま保存されています。
豪快な「薬医門」、華麗な「玄関」、書院造りに数奇屋風の手法を取り入れた「書院」などがあります。
また、「熊田 恰(クマダ アタカ)の自刃の間」には、現在も血しぶきの跡が残っています。
平成12年に、国の登録有形文化財に指定されています。
・お問い合わせ
西爽亭(086-522-0151)
■新町(シンマチ)・仲買町(ナカガイチョウ)の町並み
高瀬通しで繁栄した頃を偲ばせる商家や土蔵が立ち並ぶ、玉島の文化財ストリートです。
玉島港が最盛期を迎える元禄年間には40件以上もの問屋があり、200を超える土蔵が立ち並んで活気に溢れていました。
現在、新町を含む周辺界隈は、県の町並み保存地区に指定されており、建物の保存と整備が進み、倉敷地区の美観地区のような町並み観光スポットとして県内外から観光客が増えています。
■玉島八島(ヤシマ)の桃畑
桃の産地として有名な玉島ですが、その産地である玉島北中学校の北の辺りに広がる丘陵地は、「吉備丘陵の白桃」として、日本のかおり風景100選にも選ばれています。
この丘陵に植えられている桃の花は、お花見にぴったりです。
やわらかに香る甘い香りと、高台から眺める景色は、見るものを楽しませてくれます。
見ごろは、例年4月中旬頃です。
■本性院(ホンジョウイン)・雨笠の松(アマガサノマツ)
本性院は、観音霊場で開山は慈覚大師と伝えられています。
沙美海水浴場の東端にあたり、内海の景観が楽しめる景勝地で、境内の「雨笠の松」は四方に約16m(メートル)にも及ぶ枝を張り巡らせた黒松で、倉敷市の天然記念物に指定されています。
樹齢は推定300年。
「雨笠の松」の命名は、1848年にここを訪れた備前の儒学者、雲岳といわれています。
■羽黒神社(ハグロジンジャ)
港町玉島の歴史を振り返るとき、必ず出てくる「水谷勝隆(ミズノヤカツタカ)、勝宗(カツムネ)」という名前。
水谷勝隆は、寛永9年(1642年)に備中松山城藩主として入封し、瀬戸内海に点在する小さな島の集まりだった玉島地区を本格的に干拓した人物です。
この干拓は主に、上記の水谷勝隆、勝宗の2代に渡って行なわれ、長尾(ナガオ)外新田の開発を手始めに、船穂(フナオ)・玉島(タマシマ)・上成(ウワナリ)・爪崎(ツマサキ)の新田開発を次々と行ない、現在の玉島の原型が出来上がっていきましたが、その際に、干拓工事の安全を祈願して、万治元年(1658年)、水谷勝隆により建てられたのが、羽黒神社です。
二代水谷勝宗によって社殿が改築され、清瀧寺(セイリュウジ)も建立されました。
■新倉敷駅観光案内所
ご案内時間:9時~17時30分
・お問い合わせ
新倉敷駅観光案内所(086-526-8446)
<お問い合わせ先>
・担当課:【玉島支所 産業課】
・連絡先:玉島支所 産業課
(086-522-8114)
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